2004年11月18日

親父の手術当日

朝から天気がぱっとしない。5時半に起床して、ホテルの風呂に入り、出かける準備。
6時半にホテルのロビーでお袋と待ち合わせ。6時49分発のモノレールに乗車して阪大病院前には7時前に到着。
病室に向かうと既に親父は起床して落ち着かない様子。やはり昨日は緊張して眠れなかったようだ。
1時間ほど、たわいもない話をして時間を過ごしていると看護婦さんがやってきて4Fの手術室に移動するとのこと。
8時半に手術室に入らなければいけないようだ。病室で全身麻酔を打たれた親父は意識がもうろうとしているのか声にはりがなくなった。ただ、手術室に入る前に「初孫の顔を見るまではなんとしてもがんばる」とはっきりと言った。うれしかった。
10分ほど部屋の前で待たされ、8時40分入室。「とにかくがんばれ」と祈りながら見送った。
見送り後、病室の荷物の整理をしてとりあえず朝飯を食べに、1Fの食堂へ。
朝粥の定食を食べながら、今後の見舞いの通勤のことを考えたらマンション借りるのはどうかとお袋に提言。ネットで調べた資料を見せてみた。特にいやだとは言われなかったし、少し乗り気のようにも見えたので食事の後、一人で現地を見に行った。
新築のなかなかよさそうな物件である。病院へも徒歩7分程度か。
小雨も降り出し急いで病院に戻る。
待機場所は11Fの談話場所。パイプ椅子に12時間以上というかなりの長期戦。とはいえ親父もがんばっているのだから、われわれもこれぐらいはがんばらねば。
その後、お袋方のの叔父さん、伯母さんたちが続々と応援にやってきてくれる。
昼、夜と交代で食事に行く。
手術の終了予定は早くて20時、延びれは22時とのこと。しかし22時を過ぎても一向に終わりの連絡はない。
看護婦さんの詰所に問い合わせても、「何かあれば連絡が入るが、単に時間が延びてるだけの場合、終了時間の予定などの連絡は入らない」とのこと。さすがに、12時間も越えるとみんなにも疲労の色が出てくる。しかも時間がかかると余計な悪い心配までしてしまう。
そんな中、23時20分。看護婦さんから手術終了の連絡を貰う。
まずは4FのICU横の部屋で主治医の安田先生から説明を聞く。
手術は概ね成功。
リンパ節も2本取り除いた。1本にだけ、転移の疑いがあるので病理検査にまわして調査するとのこと。
当初、小腸が無理であれば、大腸を切除して食道代わりに接続するとの話があったが、小腸で問題なくいけたとのこと。
手術に時間を要したのは予備の大動脈および大静脈をバイパスとして作る予定であったが、大静脈の方が、鎖骨の下にある静脈のいずれもが流れておらず接続できなかったためだそうだ。とはいえ、命に別状はないし、予備のためのパイパス血管であるのでなくても大丈夫とのこと。
説明後、ICUに入り、面会。親父は寝ていた。手を触ってみたがかなり冷たくなっていた。でも確かに呼吸してる。よかった。涙が出そうになったがぐっとこらえた。おつかれさま。よくがんばった。親父は何か大仕事を終えてちょっとした達成感を味わっているような顔をしているように見えた。
その後、安田先生先導のもと、研究室に連れて行ってもらい、摘出された食道と胃を見せてもらう。
確かに小指の先ほどの大きさのデキモノがはっきりと分かった。
そして、先生にお礼を述べ、病院を後に、叔父さんたちとも分かれ、二人でホテルに帰る。ホテルに着いたら日はあけていた。
手術時間14時間に及ぶ大手術。何より受けた親父にお疲れ様と言いたい。そして応援してくれた皆さんも本当にお疲れ様でした。
また手術をして頂いた先生も本当にお疲れ様でした。
長い一日でした。皆さんゆっくり寝てください。

お袋の兄弟の立会い
陽一叔父さん、等叔父さん、文子伯母さん、繁樹叔父さん、永子伯母さん
本当にありがとうございました。

taka7107 at 20:54│Comments(0)TrackBack(0) 父の病気 

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プロフィール
TAKA
「あたらしいもの」「便利なもの」「お得なもの」「かわいいもの(hina)」が大好き。藤沢市在住。妻(yuki)一人、娘(hina)一人。かなり運動不足。。。でもBMIは22。(最近ちょっと太ったの)
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