父の病気

2006年02月25日

陸の孤島

モノレール豊川駅 これができれば便利だねぇ。
親父の通院のつきそいで久々にタクシーに乗車。最近のタクシーはETC,カーナビ,Edy決済など当たり前のように搭載しているのかと思いきややはり我が実家のタクシーにそんなことはあろうはずもなく、ごくふつうのタクシー。時代の流れは一切感じさせない。高速の料金所では一旦停止、信号の停車時間にはなにやら乗車記録らしいものを手書きで書いている。阪大病院に到着して清算時に高速料金の請求を忘れたらしく「あっ、すんません高速代300円や」って、あんた多分何回か忘れてるやろ。
そんなレガシータクシーの料金体系は当然競争にさらされることもないため、5000円超過分が半額になるという昨今の大阪市内のタクシーでは当たり前らしいシステムなども当然なし。結局片道7,500円+300円ほどの料金がかかったようだ。前のブログに書いた、半額タクシー乗車に比べるとやはり1,000円以上の料金格差が。競争がないということは恐ろしいことですなぁ。。。ヽ(´〜`;)ノ続きを読む

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2005年10月24日

お疲れ様3

親父の退院ということで阪大病院まで迎えに行く。行きの電車では雨が降るも途中から晴れてきて病院に着く頃にはすっかり天気が良くなっていた。ただ肌寒く、病みあがりということで帰りはタクシーに。ダイヤ無線というタクシーは長距離で5000円を超えた分が半額になるというお得なタクシー。意図したわけではないがたまたまそれに当ったようだ。帰りの道は日曜日なので空いていた。40分程度で到着。料金は6650円だった。
2時前には家に到着。親父は3日ぶりの我が家がやはりうれしいようだ。
さて、あとはディープインパクトの観戦。こたつに入ってテレビでじっくりとそのレースぶりを見物。ファンファーレが鳴っていざスタート。いつもはスタートに失敗するインパクトもスムーズな出だし。ただ、その反面行きたがる気配があり、鞍上の武豊は必死になだめていた。前の神戸新聞杯は最後方であったが、今回は中段より前の位置どり。前回はここで届くのかと心配になったが、今回はこの位置なら大丈夫だろうと余裕で眺めるも、意外や意外、前を行くアドマイヤジャパンが結構粘る。最後の直線200mを切ったときにやっとかわして2馬身差でゴール。ちょっとヒヤっとしたがとにかく勝った、うれし〜、無敗の三冠馬が誕生する瞬間をテレビとはいえ、この目で見ることができた〜。\(^o^)/
ブアイアンの時は、前週の兄であるビワハヤヒデがレースで故障を発生するなど不吉な予感がありつつも7馬身差で圧勝したあのレース。なぜか涙ながらに見たのだが、今回、体に震える衝撃的な感動はあったが泣くことは無かった。とはいえ、とてもうれしい歴史的瞬間。今後はさらにルドルフを超えるべく8冠馬となってほしい。そういえばテイエムオペラオーがなしえた古馬5連冠で8冠になるなぁ。(^-^ ) ぜひ、期待したい。
で、夜になって今度は日本シリーズを見るも今夜も散々な負けっぷり。書くのもあほらしいのでとにかく甲子園での3連勝を期待しましょ。

なにわともあれ、親父が無事退院してほっとひといき。お疲れ様でした。
ちなみに病院にこっそり持参していっていた1枚の写真。hinaの浴衣姿でした。1枚じゃ寂しいだろうと、僕のデジタルアルバムをあげたら結構喜んでいた。さすが孫の力は偉大だ。

さて、今日からまたお仕事。しょっぱなは新幹線通勤。こんなこと毎週やってる単身赴任のサラリーマンも居るんだろうなぁ。。。

●今日の通勤
8:16 新大阪着席 2時間半かぁ、長いなぁ。



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2005年10月22日

無事終了3

朝8時5分、光風台発の妙見急行で、阪大病院に向かう。10時からの手術予定のため、十分間に合う。着くと、親父は腸内洗浄剤を6時の起床から時間をかけて2リットル飲み干して既に準備完了。いつ手術に呼ばれてもよい状態だった。
金曜日は恒例の教授による回診があるそうで、まさに白い巨塔の現場が見れるのかと想像したが、思ったほどすごい大名行列というわけでも無かった。(^_^;
点滴を打ちに来た看護士さんの話しでは手術は昼頃に延びそうだとのこと。肩すかしを食らって、とりあえずはお袋と食事でも早めに行こうという話しをしていた矢先に、「お呼びがかかりました」との突然の知らせ。あわただしく外来の内視鏡室に向かう。その前に手術の担当医からの説明をうけ、同意書にサイン。
11時15分、親父は内視鏡室へと入っていった。はやければ30分から40分で終わると聞いていたこの手術。1時間経っても終わる気配なし。看護士さんが、「あともうすこしかかりそう」とか「あともう少しでおわりますよ」とか様子を伺って報告してくれるも既に2時間を経過。さすがに待たされるほうもちょっと心配になる。う〜ん、去年の14時間手術を待たされた悪夢がよぎったが、まぁ、さすがにそれはないだろうと自分に言い聞かせる。そしてそれから30分後。親父はぴんぴんした調子で外に出てきて一目さんにトイレに掛けこむ。2時間半もずっとベットの上で点滴打たれながらなのでつらかったのだろう。トイレからもどり、担当医から説明を聞く。とりあえず、一番問題となっている横行結腸の1.4cmのポリープは除去できたとのこと。ただ、場所が場所だけに取るのに非常に苦労して、かなりの回数トライしてやっと取れたとのことでこれだけ時間を要したそうだ。あとは流血がないことを確認して、問題がなければ日曜日に退院できる段取りとなった。
内視鏡手術は麻酔もないので2時間半、ベットであっち向いたりこっち向いたりと痛くは無いが不自由な姿勢でそうとう疲れたようだ。まぁ、無事に終わってなにより、ゆっくりと休んでちょうだい。




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2004年12月16日

無事退院

de3d8f85.jpeg朝から顧客Oを訪問。案件としては小さいが2つぐらい仕事を頂く。あとは新人に引き継ぐだけだが、少々不安もある。まぁなんとかがんばってほしい。その後出社。昨日から頼まれていてやりかけの雑務を。派遣社員に要領を覚えてもらって、今後は同様にしょりしてもらいたいと考えていたが、前回もその派遣社員が手一杯で引き継げず、今回も同様である。方法を再考する必要があるな。
1時間ほど残業をして、帰宅の途へ。川崎で途中下車していつものヨドバシカメラに立ち寄る。赤ちゃんのお風呂グッズである「アヒル隊長」の取り寄せを頼んでいたのだが、それが入荷したとの連絡を受けたからだ。
結局10時前に自宅に帰宅。急いで実家に電話する。今日15時頃、無事に実家に着いたとのこと。心なしか親父の声も弾んでいるように聞こえた。
これだけがんばったのだからしばらくはゆっくりと、そして我が家のくつろぎを堪能してほしい。
とにかくお疲れ様でした。
また19時頃、yukiが実家に退院祝いの電話をくれたとのこと。こういう心遣いがありがたい。

今日の通勤
客先直出

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2004年12月15日

今度こそ退院決定

今晩もお袋と電話。午前中に受けたレントゲンに特に異常が見られることもなく、明日やっと退院できることになった。やっととはいえ、順調に回復しているし、むしろ日曜日の退院は早すぎて驚かされたぐらいであった。とはいえ、親父にすれば随分と長い間家を空けたので一日も早く帰りたかったであろう。明日は親戚の叔父さん、伯母さんのご厚意で車を出してもらうことができ、13:30頃病院を出発する予定だという。まぁ、家に帰ったらゆっくりくつろいで、思う存分羽をのばしてほしい。

yukiとの電話で予定日を5日きったのでそろそろだねという話をしている。これからは自宅での飲酒は控え、いつでも駆けつけられるようにしなければいけない。あぁ、名前もちゃんと考えないといけないけどいろいろとやることもあって時間がないよ。
予定日が迫ってくるとなんだか緊張してしまう。とにかく母子ともに無事で産まれてきてほしい。

今日の通勤
57分横浜着席

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2004年12月10日

退院延期

50d96f26.JPG長かった一週間の勤務が終了。今週は特に疲れました。やっぱり毎週末の大阪通いがきいてきたのかな。今週はyukiの実家でゆっくりさせてもらおうと思っていたが、一昨日の突然の日曜退院の知らせ。また日曜日は娘の命日ということで、大阪に行く手配をした。さすがに日帰りはしんどいと思っていたので課長に月曜日の午前中、半日年休をもらった。新幹線も予約し、準備はOK。
しかし、夜、お袋に電話をするとなんと退院が延期になったとのこと。今日の血液検査の結果、炎症反応が出ているとのことで発熱の危険性があるそうだ。そこで2〜3日延期ということになった。せっかく、日曜日、何も知らせないで夕方実家に行って驚かせてやろうと企んでいたのだが。。。仕方が無いのでお袋には一部始終を告白してそれでも日曜日には行くと伝えた。残念ではあるが仕方が無い、万全な状態で退院する日を待ちましょう。

今日の通勤
04分大船着席

写真は会社帰りに立ち寄った品達。長蛇の列で断念。


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2004年12月08日

退院決定

21時半、いつものお袋への電話。なんと日曜日に親父が退院するとの朗報。順調に回復している様子ではあったが、あと2週間ぐらいはかかるかなと思っていた。今日は熱も無いようで落ち着いているとのこと。退院までに親戚一同にお見舞いに来てもらわないといけないのでそのスケジューリングをお袋が。木、金、土の3日しかないので調整が難しいようだ。とにかく早く退院できて良かったと思う。はやくて1ヶ月といわれていたので11月11日に入院して本当に1ヶ月であった。
良くがんばったと言いたいが、退院後も食事や運動など気をつけなければいけないことがたくさんある。
たとえば生ものはダメ。卵は電子レンジで熱すること。野菜は葉先のみ。タケノコなどはダメ。刺身もダメ。とダメ尽くし。食べるものが少なくていやになるだろうが、量が少ないので質を上げればよいだろう。いいもの食って少しでも食べる楽しみを味わってほしいものだ。
夫婦二人で力を合わせて退院後の生活を乗り切ってもらいたいと心から思った。


今日の通勤
57分横浜着席

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2004年12月04日

再び面会に

朝5:30に起床。
昨日から引き続きやっていたパソコンのSoftEtherHUBの設定をやっていたらいつのまにやら6:20に。
6:41の列車に乗らなければ飛行機に間に合わない。そそくさと荷造りをして社宅を後に。
羽田空港には7:40に着いた。さっそく、AMCカードでチケットを発行しようとしたらいくらやってもカウンターに申しでてくれとのこと。出発時間も迫ってきてあせっていた。そしてカウンターに駆け込むとオンラインでは処理できない時間になっているとのこと。早速手動で搭乗手続きをしてもらい、手荷物チェックへ。
さすがに第二ターミナルオープン初の休日とあって、手荷物検査だけでもならぶと10分以上はかかりそうな長蛇の列だった。それを横目に優先搭乗の通路から。なんとか飛行機には間に合った。
食べそびれた、昨日コンビニで買った朝食のパンも機内で食べることに。コンソメスープを飲みながらほっと一息つく。
伊丹空港には9時過ぎに到着。キャンペーンのEdy500円をチャージして、モノレールで病院に向かう。
親父はベットの上で座っていた。横になると咳き込むのでできるだけ座る姿勢で居るとか。
食事のとり方なる冊子があったので、読むことに。ステージ1から4まであり、おかゆ等の流動食を徐々に量を増やして一日摂取1200kcalを目標にし、点滴をはずす生活をゴールとするようだ。
いまはステージ1であるが順調に行けば3日で終わるとのこと、今日は3日目ぐらい。
そのほかのステージもそれぞれ3日づつぐらいで終わるそうだ。
早ければ年明け前には退院できるのではないだろうか?
4時過ぎまで病院に居て、光風台の実家に帰った。


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2004年11月28日

日帰り見舞い

9f084614.jpg朝6時半起床。平日と同じ起床時間だ。
yukiは朝からどうやら具合が悪いようだ。あまりかまってあげられなくて申し訳ないと思いつつ、自宅をあとに。
小田原行きの各停はE231系の新車だった。日曜日の朝早くから行楽にでかけるのかボックスシートで相席になった夫婦は小田原まで下車しなかった。
新幹線に乗換、一路新大阪へ。途中名古屋でのぞみに乗り換える。名古屋駅で駅弁を購入。抹茶ひつまぶしなるもの。
新幹線の車中ではもっぱら赤ちゃんの名前を考える。名付け親なるソフトを使い、いろいろな名前で吉凶を見る。
分かったことは。姓は最悪であること。(これはどうもいたし方がない)
かなりよい吉数で出るのは2文字の名前で上が4画、下が9画であること。
これらをベースにまた帰りの電車で考えようと思った。
新大阪で下車し、地下鉄御堂筋線、大阪モノレールと乗り継ぐ。今日はJリーグの試合があるようで千里中央の駅はごったがえしていた。おかげで万博記念公園での乗り継ぎはうまく臨時列車に接続。12時半ごろに病院に着く。
病室階に上がるとちょうど、親父はトイレに行く途中だったようで、廊下で出会う。向こうはまったくのびっくり状態。まさか今日、面会に来るとは思っていなかったのであろう。
昨日、首にあった、痰を採るための穴がふさがれ、もう、点滴などの管は2本にまで減っていた。熱も36.6度で平熱。血圧は上が150とやや高め。まぁとにかく順調に回復していることに違いない。痰も出るし、トイレにも行く。ただ便の出が悪いようだ。また未だ水が飲めないためとにかく喉が渇くとのこと。今日もうがいの水汲みを覚悟してきたが、どうやらうがいよりも吸入の方が気持ちがいいようで、今日はほとんどうがいをすることが無かった。
明日は一般病室に戻る。採血とレントゲン撮影があるようだ。CTは水曜日にあるようでその際に水等を飲んで内蔵の様子を見るらしい。親父はこれを月曜日にやるのだと思い込んでいたようで、それが水曜日まで延びたことに少し残念そうだった。そりゃ一日でも早く水が飲めるようになりたいわなぁ。
途中話をしたり、うとうとしたりで、17時50分まで病院に居て、その後帰宅の途へ。
新幹線の車中で日記を書く。あと40分ほどで新横浜に着く予定だ。これからまた赤ちゃんの名前を考えよう。
明日からまた仕事。そして週末はまた大阪に行く。
親父はとりあえずひと段落しそうだが、逆に今度はお袋の方が心配。
疲れが出なければいいのだが。。。

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2004年11月23日

贅沢なうがい

f731a9b5.jpg手術後5日目。晴れ。
8時半頃起床。10:35発のモノレールで阪大病院へ。
11時過ぎに入室。酸素マスクの音が気になってあまり眠れなかったとのこと。
今日はほとんど酸素マスクをしていない。
熱は37℃。血圧の上が160あるのが気になる。お昼に吸入をして痰が3回自力で出せたとのこと。これで一安心。
浦野先生、橋本先生の付き添いの元歩行訓練を行う。体重計に乗って計測。49.6kg。少し歩いただけでヘトヘトになっていた。
14時すぎ、お袋は一人、実家に帰る。明日は一日、実家でゆっくりするようだ。無理がたたらないかと心配である。
その後便所に行くがガスしか出ない。
夕刻、安田先生がガーゼの処置をしてくれる。同時に針が一本外れた。傷跡が痛々しい。
僕が居る間、存分に口ゆすぎがしたいとのこと。3本ある吸飲みは常に満タンに。
「こんな贅沢なうがいはない」という言葉が印象的だ。
早く水が飲めるようになればよいが、術後9日ぐらいはかかるとのこと。
昨日、売店で購入した熱冷シートが気持ちいいとのこと。
今日は体に接続されている注射器が3本になった。午後は2本に。痛み止めのモルヒネもなくなっている。
午後からは少し座して過ごす。
16時15分。実家に連絡。お袋は無事帰宅したとのこと。親父に伝えてやると安心していた。
16時25分。新幹線の時間があるので「又来るわ」と言い残して病院を後に。後ろ髪を引かれる思いだ。
17時43分。神奈川に向けて一路。
明日からは仕事だ。

写真はホテルから阪大付属病院を望む。
白い巨塔の舞台だ。

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2004年11月22日

ICUから回復室へ

手術後4日目。晴れ。
10:15発のモノレールで病院へ。そのまま食堂で朝食をとる。
ICUに行くと、なんと午後から回復室へ移動するとのこと。早くて4日、長ければ1ヶ月ぐらいはICUと聞いていたので、4日というのはかなり早い方だ。確実に回復している。
特にICUの看護婦は何もしてくれないと不満だらけだっただけに、ここから一日でも早く抜けれるのはさぞ嬉しいことだろう。
回復室に戻ってからはひたすら吸飲みで口ゆすぎをしている。ICUではさせてもらえなかったが、これが何よりも気持ちいいとのこと。熱は38℃。血圧の上が150。夕刻になると熱が出るようだ。
両手に繋がる管がとれて、手が自由になる。
まだ痰は出ないようだ。
昼と夜の両食を病院の食堂にて。さすがに飽きてくる。
売店で明日の朝食を購入し、ホテルに戻る。(19:00頃)

写真は万博記念公園のもみじ万博記念公園のもみじ

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2004年11月21日

今日もお見舞い

朝7時半に起床。朝食が終わるといそいそと出かける準備をする。9時15分自宅を出発。昨日は帰宅に2時間かかったが、今日は171号線を使わないルートを選択。読みどおりで1時間で到着した。待合室でしばらく待ち、11時に入室。
ベットの場所が壁の仕切りのある部屋に変わっていた。手術後3日目、今日がいちばんつらい日らしい。臓器は麻酔がきれて動き出したとのこと。上半身を起こし、座してテレビを見ていた。昨日は真っ先に病院の文句が出たが、今日は機嫌がいいらしい。まだ酸素マスクはして息苦しいのか、それでも時折笑顔もあった。朝から面会にきてもらったのが嬉しかったのだろう。今日はホテルをとったから午後からも来れるということを言うと申し訳なさげにも嬉しさを隠し切れないようだった。
背もたれをなくして座ってみる訓練もしていた。体に15本ほど繋がる管も今日は1本抜けたとのこと。徐々に抜いていくらしい。
でもやはりこの痛々しい姿を他人には見られたくないようで親戚の面会は嫌がった。
12時半ごろまで居て、その後食事にマイカル茨木に向かう。てんぷら定食と牡蠣フライ定食を食べて少しゆっくりする。その後ホテルにチェックインして、荷物を置き、お袋を病院の午後からの面会に間に合うように送り届ける。結構遅くまで面会可能だと分かったので、17時の返却を気にするまいと、まず車を返却することにした。山田からモノレールで阪大病院前へ。ICUに着いたのは15時50分ぐらいだったか。15時ごろに主治医の安田先生が見舞いに来てくれたとのこと。お休みなのにありがたいことだ。昨日あった熱も36℃台に戻っていたが夕方37℃でていた。お袋は「早く回復室に戻ろう」を繰り返し親父を励ます。本当にそのとおりだと心から願う。17時まで居て、ホテルに戻った。レンタカー

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2004年11月20日

ICUにお見舞い&レンタカー

昨日に引き続きお見舞いへ。ただし、今日は実家に戻ってきたので、朝の11時の面会は少しきつい。そこで、午後の3時の面会にすることにした。午前中はゆっくりして、昼過ぎから電車で出かける。
3時15分ほど前に到着し、ICUに向かうが既に2〜3組の面会者が待合室で待機していた。
入室の手違いがあり20分ほど待たされるが、その後無事入室。
今日は人工呼吸器をはずし、ベットを起こして座る格好の親父。
会うなり、看護婦さんのサービスが悪いと文句を言い出す。あまりに真剣な顔で言っているので薬漬けで意識がおかしくなったのかと本当に心配した。なんてことはない、本当にサービスが悪くて起こっていたようだ。笑顔も少しは見れて良かった。
痛み止めの注射が効かず、痛くて2、3種類をかえたそうだ。想像を絶する痛みなのだろう気の毒でならない。酸素マスクはしていて声もかすれてはいたが、耳を近づければはっきりと聞こえる。
筆談でもしたいようだが、手に管を通されるため固定されていてペンがつまめないとのこと。また少し熱もあり、汗をかいていた。お袋が汗を拭いてあげていた。お袋も親父の顔を見て少し安心したようだ。若干元気になったか。
40分ほど居て今日は帰ることに。また明日来るから。
帰り、モノレールの山田駅で下車し、トヨタレンタリースへ。ヴィッツをレンタルした。これはもし夜中に何かあった場合のことを考えてのこと。本当は昨日、今日と近くのホテルに泊まりたいと思っていたが、予約が間に合わずどこも取れなかった。特に土曜日は全く無理であった。そこで、今晩何があっても大丈夫なようにと車をレンタルしたのだ。
病院前を17時半に出発し、実家に到着したのが19時半。途中171号線が大渋滞していた。
明日は早めに家を出なければいけないな。

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2004年11月19日

ICUにお見舞い

朝6時半に叔父さんからホテルの部屋に電話があり、「昨日の手術がどうなったのか?」とのこと。留守電には入れておいたが連絡がうまくいかなかったようだ。もうしわけないことをした。
11時からの面会にあわせて10時にチェックアウト。1Fのラウンジにてピザを朝飯に。モノレールに乗って6分。見舞いにはうってつけのホテルである。
昨日も行った4FのICUへ。10分ほど待たされたが、中に入れた。
親父は目を覚ましており、「よくがんばった」という問いかけに首を縦に振って答えてくれた。
痛み止めの注射が常に背中から入れられており、眠気を誘うようだ。ぼんやりしてはいるが意識ははっきりとあるとのこと。
はい、いいえで答えらえる質問で会話するというのもなかなか難しい。相手にあまり考え込ませるような内容だと申し訳ないと思うと問いかけもできないものだ。あらためてしゃべることができるというありがたさがわかる。
10分ほど居たが、あまり長いと疲れるだろうとのことで遠慮した。
15時からも面会可能であるが、待つ場所もなく、お袋も疲れると言うことで今日は午前中のみにして光風台の自宅に戻った。
今日中に人工呼吸は外せるとのことで明日はもう少し楽になるだろう。がんばれ。


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2004年11月18日

親父の手術当日

朝から天気がぱっとしない。5時半に起床して、ホテルの風呂に入り、出かける準備。
6時半にホテルのロビーでお袋と待ち合わせ。6時49分発のモノレールに乗車して阪大病院前には7時前に到着。
病室に向かうと既に親父は起床して落ち着かない様子。やはり昨日は緊張して眠れなかったようだ。
1時間ほど、たわいもない話をして時間を過ごしていると看護婦さんがやってきて4Fの手術室に移動するとのこと。
8時半に手術室に入らなければいけないようだ。病室で全身麻酔を打たれた親父は意識がもうろうとしているのか声にはりがなくなった。ただ、手術室に入る前に「初孫の顔を見るまではなんとしてもがんばる」とはっきりと言った。うれしかった。
10分ほど部屋の前で待たされ、8時40分入室。「とにかくがんばれ」と祈りながら見送った。
見送り後、病室の荷物の整理をしてとりあえず朝飯を食べに、1Fの食堂へ。
朝粥の定食を食べながら、今後の見舞いの通勤のことを考えたらマンション借りるのはどうかとお袋に提言。ネットで調べた資料を見せてみた。特にいやだとは言われなかったし、少し乗り気のようにも見えたので食事の後、一人で現地を見に行った。
新築のなかなかよさそうな物件である。病院へも徒歩7分程度か。
小雨も降り出し急いで病院に戻る。
待機場所は11Fの談話場所。パイプ椅子に12時間以上というかなりの長期戦。とはいえ親父もがんばっているのだから、われわれもこれぐらいはがんばらねば。
その後、お袋方のの叔父さん、伯母さんたちが続々と応援にやってきてくれる。
昼、夜と交代で食事に行く。
手術の終了予定は早くて20時、延びれは22時とのこと。しかし22時を過ぎても一向に終わりの連絡はない。
看護婦さんの詰所に問い合わせても、「何かあれば連絡が入るが、単に時間が延びてるだけの場合、終了時間の予定などの連絡は入らない」とのこと。さすがに、12時間も越えるとみんなにも疲労の色が出てくる。しかも時間がかかると余計な悪い心配までしてしまう。
そんな中、23時20分。看護婦さんから手術終了の連絡を貰う。
まずは4FのICU横の部屋で主治医の安田先生から説明を聞く。
手術は概ね成功。
リンパ節も2本取り除いた。1本にだけ、転移の疑いがあるので病理検査にまわして調査するとのこと。
当初、小腸が無理であれば、大腸を切除して食道代わりに接続するとの話があったが、小腸で問題なくいけたとのこと。
手術に時間を要したのは予備の大動脈および大静脈をバイパスとして作る予定であったが、大静脈の方が、鎖骨の下にある静脈のいずれもが流れておらず接続できなかったためだそうだ。とはいえ、命に別状はないし、予備のためのパイパス血管であるのでなくても大丈夫とのこと。
説明後、ICUに入り、面会。親父は寝ていた。手を触ってみたがかなり冷たくなっていた。でも確かに呼吸してる。よかった。涙が出そうになったがぐっとこらえた。おつかれさま。よくがんばった。親父は何か大仕事を終えてちょっとした達成感を味わっているような顔をしているように見えた。
その後、安田先生先導のもと、研究室に連れて行ってもらい、摘出された食道と胃を見せてもらう。
確かに小指の先ほどの大きさのデキモノがはっきりと分かった。
そして、先生にお礼を述べ、病院を後に、叔父さんたちとも分かれ、二人でホテルに帰る。ホテルに着いたら日はあけていた。
手術時間14時間に及ぶ大手術。何より受けた親父にお疲れ様と言いたい。そして応援してくれた皆さんも本当にお疲れ様でした。
また手術をして頂いた先生も本当にお疲れ様でした。
長い一日でした。皆さんゆっくり寝てください。

お袋の兄弟の立会い
陽一叔父さん、等叔父さん、文子伯母さん、繁樹叔父さん、永子伯母さん
本当にありがとうございました。

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2004年11月14日

叔父さん、親父の見舞いそして東京へ

午前中は親父の弟でときわ台に住んでいる美幸叔父さんを訪問。4月4日にお見舞いをして以来の再会。叔父さんも胃がんがわかり、全摘出の大手術を受けている。術後は順調に回復しているようだが、やはり体重が元にもどらないらしい。13kgも減ったとのこと。食事も3食をそれぞれ2回に分けて食べているようで、とにかく大変である。
叔父さんにもなんとか精神面でサポートできないかと、「希望のがん治療」や、eクリニックのサイトの資料をプリントアウトしていくらか渡した。あまり見たくは無いようだが、細かいことはいいが、とにかく治す、治そうという気力だけは大切に持っていてほしいと切に願う。
話はまた、家系の話になる。あと一月ほどで完成するとのことで家系図もかなりのところまでできていた。十津川村の話、北海道の新十津川村の話など、興味深い内容であった。こういう探究心や好奇心は生命力に繋がるはずだ。うちの親父にも何か打ち込むものを見つけてあげたい。

午後からは病院へ。岡山の作叔父さんが来るとのことで再会を楽しみにしていたが連絡の不備で入れ違いに。
お袋も実家に一人で居ても落ち着かないとのことで一緒についてきた。
お袋は1時間ほどで実家に帰ったが、僕は新幹線まで時間があるので17時ごろまで親父と話をすることができた。
DVDプレイヤーも気に入ったようでチャップリンのDVDボックスは3本も見たとのこと。なかなか良いチョイスであったと思う。
ときわ台の叔父さんの様子など話、親父の仕事の話、疎開の話、光風台の家の話。。。あ〜、親父とこんなに長い時間話をしたなんていつ以来だろう?こんな機会でもなければ話をすることもなかったかもしれない。少し嬉しかった。

17時過ぎ、僕はまた神奈川に帰る。辻堂着は22時。やはり遠いなぁ。

ラヴ・チャップリン ! コレクターズ・エディション BOX 1

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2004年11月13日

親父の見舞い

先日ヨドバシカメラで購入したDVDプレイヤーとyukiの応援ビデオを届けに病院に向かう。
お袋とは病院で落ち合うことにしていた。空港で食事をしていたらモノレールにタイミングが合わず、万博記念公園の乗り換えで10分程度待たされることに。
14時半頃病院に到着。寝巻きを着た親父はやはり病人のようには見えるがいたって元気。外科なんてものは手術前はこんなものなのだろう。ただ、手術が近づくと精神的にめいってくることもあるだろう。なんとか乗り越えてほしい。
DVDプレイヤーもはじめは「操作方法がわからない」とか「片付ける方法が大変」とか嫌がっていたが、応援ビデオを見たら喜んでいた。嬉しかったのだろう。よい贈り物ができたと思う。遠方で迷惑をかけているので少しでも精神面で支えができればと思った。
DVDプレイヤー

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2004年11月11日

父入院

朝早くから雨の降る中、二人で病院にいったそうだ。入院早々、検査、検査でゆっくりベットに横になることもできないとのこと。また明日も朝から歯の検査に大腸の内視鏡検査。疲れが出なければいいが。でもベットで憂鬱になっているより、動いていたほうがいいかもね。間違いなく気は紛れるしね。手術の予定は18日とのこと。いよいよ迫って来たと言う感じだ。こちらも緊張する。

今日の通勤
57分 大船着席


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2004年11月10日

ビデオ撮影

親父の入院を明日に控え、今週末は大阪に帰省し、病院に見舞いに行くことにした。そのときにDVDビデオを持っていこうと考えていた。yukiがビデオレターで手術に向けてエールを送りたいと言ってくれたので早速ビデオ撮影。DVカメラを使うのは実に新婚旅行以来かな?寝室の白い壁をバックに撮影開始。1,2回のNGはあったが、順調に終了。1分程度のビデオであるが気持ちは十分に伝わるはず。

今日の通勤
57分 大船着席

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2004年10月29日

希望のがん治療読破

「希望のがん治療」という本を品川駅の本屋で発見。末期と診断された患者が、現代医療の3要素といわれる手術、放射線、化学のいずれも行わないで、がんを消したという事実があるという記述に引かれて買ってみることにした。それから会社の行き帰りで3日ほどで読破。その本で書かれていることは
「がんを現代医療だけで治すには限界がある。現代医療だけでなく代替医療という食事療法なども平行して行うことが効果的。なによりもがんになったときにはがんになったことを自己の責任と認め改善するそして完治する強い意志を持たなければいけない。免疫力や自然治癒力というのが人間には備わっているがそれをうまく発揮することによりがんは不治の病ではない」
ということだ。なかなかよい本なので早速親父に送った。
またその中で紹介されていたがんを完治した医師がeクリニックなるネット上でがんの相談を受けてくれるサイトがあり。早速登録。セカンドオピニオンをお願いした。また、資料も充実しているようでプリントアウトして親父に送りたい。

希望のがん治療

今日の通勤
57分戸塚着席

taka7107 at 16:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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TAKA
「あたらしいもの」「便利なもの」「お得なもの」「かわいいもの(hina)」が大好き。藤沢市在住。妻(yuki)一人、娘(hina)一人。かなり運動不足。。。でもBMIは22。(最近ちょっと太ったの)
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